足腰弱りを防ぐ犬の健康ガイド:運動習慣と日常ケア
はじめに
犬の足腰の健康は「歩ける時間」を左右する大切な要素です。
このコラムでは、足腰の衰えを防ぐための運動・生活環境・栄養・医療ケアまでを、獣医師の視点から総合的に解説します。

もくじ
なぜ犬の足腰は最初に弱るのか?

犬の健康は、実は「足腰」から衰えが現れることが多いといわれています。
若いころは元気いっぱいに走っていたのに、最近では立ち上がるのに時間がかかったり、散歩中に座り込むことが増えたり——そんな変化に気づいた飼い主さんもいるのではないでしょうか。
犬も人と同じように、年齢を重ねると筋肉量が少しずつ減り、関節の動きも硬くなっていきます。
特に犬は、静止時には体重の約6割を前足で支えていますが、歩いたり走ったりするときの「推進力」は後ろ足が担っています。
そのため、筋力の低下や関節の衰えは後ろ足(後肢)に先に表れやすい傾向があります。また、加齢だけでなく、運動不足や肥満、滑りやすいフローリングなどの生活環境も、足腰に負担をかける原因になります。
放っておくと、関節炎や歩行の不安定化、転倒などにつながることもありますが、日々の運動習慣や環境の工夫によって進行を遅らせることは十分可能です。
このコラムでは、犬の足腰が弱る原因とサイン、そして毎日の散歩や室内でできるケアの工夫を、獣医師の視点からわかりやすく解説していきます。
まずは、「足腰が弱る」ことがどうして起きるのかを理解するところから、一緒に見ていきましょう。
足腰が弱る原因と注意すべきサイン
筋肉の萎縮と関節変性
犬の足腰が弱っていく原因は、単純に「歳を取ったから」だけではありません。
筋肉の衰えや関節の摩耗などの身体的な変化に加えて、生活習慣や環境も大きく関係しています。
まず代表的なのが、筋肉量の低下(サルコペニア)です。
年齢を重ねると筋肉を維持するための代謝が落ち、運動量も減るため、徐々に後肢の筋肉が細くなっていきます。特に大腿四頭筋やハムストリングスの筋力が落ちると、立ち上がりや歩き出しの動作がゆっくりになり、長い距離を歩けなくなります。
次に重要なのが関節の変性です。
関節軟骨がすり減ったり、炎症が慢性化したりすることで痛みやこわばりが生じ、動きたがらなくなります。これがいわゆる「変形性関節症(OA)」で、中高齢犬では最も多い運動器疾患のひとつです。
肥満・運動不足・滑りやすい床などの生活要因
また、肥満も足腰の負担を増やす大きな要因です。
体重が1kg増えるだけで、関節や靭帯にかかる負荷は数倍に跳ね上がります。
運動不足や過剰なおやつ、カロリー過多のフードは、知らないうちに足腰の健康を脅かします。
さらに、滑りやすいフローリングや高い段差といった家庭環境も見逃せません。滑るたびに関節や靭帯に小さなストレスがかかり、長期的には損傷や脱臼の原因になることもあります。
「歳のせい」と片づけない早期ケアの重要性
犬の足腰の衰えは、加齢だけでなく「筋肉」「関節」「体重」「環境」の4つの要素が絡み合って起こります。一見すると元気そうに見える犬でも、日常の小さな変化が“最初のサイン”になっていることがあります。
年齢別・犬種別に見る運動量とケアの目安

犬にとって、毎日の運動は足腰の健康を保つための“栄養”のようなものです。ただし、その量や内容は年齢・体格・犬種によって大きく異なります。
「若いからたくさん運動を」「年を取ったから休ませる」だけでは、かえって関節や筋肉を痛めてしまうこともあります。
若齢〜成犬期の運動強度と散歩時間(30〜60分×2回)
若齢〜成犬期(おおよそ1〜6歳)
この時期は筋肉量や関節の柔軟性が最も高く、運動に最も適しています。1日あたり30分〜1時間程度の散歩を2回が目安です。早歩きや緩やかな坂道を取り入れることで、持久力と下肢筋力の維持に効果があります。
ただし、アスファルト上での長距離ランニングや急な方向転換を繰り返す遊びは、膝や肩の靭帯を痛める原因になります。“適度な強度を毎日継続する”ことが何より重要です。
シニア期の低負荷・高頻度運動(10〜20分×2〜3回)
シニア期(おおよそ7歳以降)
年齢を重ねると、関節軟骨や筋肉の再生能力が低下し、運動後の疲労が残りやすくなります。そのため、時間よりも頻度を重視することがポイントです。1回の散歩時間は10〜20分でもよく、1日2〜3回に分けてこまめに歩かせるほうが足腰にやさしい運動になります。
また、歩行スピードを落として“ゆっくり歩く”ことでも筋力は十分に維持できます。
寒い日や雨の日には、室内でおやつを使ったバランス運動や「立って・座って」を繰り返す簡単な筋トレもおすすめです。
犬種別の注意点(小型犬・中型犬・大型犬)
犬種による違い
- 小型犬(チワワ・トイプードルなど)
→ 関節が小さく、膝蓋骨脱臼(パテラ)を起こしやすい。段差の昇降やジャンプは控えめに。 - 中型犬(柴犬・コーギーなど)
→ 筋力バランスがよく、散歩と軽い坂道運動が効果的。肥満に注意。 - 大型犬(ラブラドール・ゴールデンなど)
→ 関節への負担が大きいため、若いうちから関節サポートが重要。水泳などの低負荷運動が理想的。
いずれの犬種でも、体重管理と足腰への負担軽減が長寿の鍵です。
「やりすぎず、やらなさすぎず」運動バランスの考え方
飼い主が覚えておきたいポイント
- 運動量は「多ければ良い」ではなく、「その子に合っているか」が大切
- 運動の“質”=筋力維持と柔軟性の両立
- 日ごとの体調・気温・地面の状態に応じて調整する
歩き方・姿勢・疲れやすさを観察することで早期異常に気づける
運動は足腰の健康維持に欠かせませんが、「やりすぎ」も「やらなさすぎ」も問題です。
犬の年齢や体型に合わせて、無理なく、毎日続けられる運動習慣を整えることが、将来の関節トラブルを防ぐ最大の予防策です。
自宅でできる足腰トレーニング法

犬の足腰を守るためには、毎日の散歩に加えて自宅での軽いトレーニングも効果的です。
特別な器具がなくても、家の中で安全に行える運動はいくつもあります。
ポイントは「短時間でも、正しい姿勢で、継続的に行う」ことです。
整形・神経外科リハビリでも活用される基本メニュー
これから紹介するトレーニングの多くは、整形外科や神経外科の手術後リハビリでも活用される基本的な運動法です。
難しい専門器具を使わずに、自宅で安全に取り入れられるようにしています。
ただし、疾患を抱えている場合や痛みがあるときは、自己判断で行わず獣医師に相談してください。
立ち座り運動(犬のスクワット)
犬に「おすわり→立って→おすわり」をゆっくり繰り返してもらうシンプルな運動です。
1回につき5〜10回を目安に、1日2セットほど行いましょう。
後肢の大腿四頭筋・ハムストリングスの強化に役立ち、立ち上がる力の維持につながります。
痛みや違和感がある場合は中止し、無理のない範囲で行うことが大切です。
バランス運動(体幹トレーニング)
ヨガマットややわらかいマットの上で犬を立たせ、前後・左右に体を支えながら軽くバランスを取らせます。
10〜20秒程度の姿勢維持を2〜3セット行うだけでも、体幹筋(背筋・腹筋など)が刺激され、転倒予防に効果があります。
慣れてきたら、片足を少し浮かせる動作を加えると、より効果的です。
タオルハードル・またぎ運動
バスタオルを丸めて床に置き、それをまたがせてゆっくり歩かせます。
10〜20cm程度の高さを3〜5本並べることで、後肢の関節可動域を広げ、バランス感覚を鍛えることができます。高くしすぎず、滑らない床で行うのがポイントです。
ステップ運動(段差の昇降)
厚手のクッションや低いステップを使い、前足を乗せたり下ろしたりを繰り返します。
関節可動域を保ち、前肢と後肢の筋肉をバランスよく刺激します。
10cm以下の段差から始め、慣れてきたら時間や回数を少しずつ増やしましょう。
運動後のマッサージとストレッチ
マッサージとストレッチ
運動後は、太ももや腰を優しくなでるマッサージを取り入れましょう。
筋肉の血流が改善し、疲労やこわばりの予防に役立ちます。
また、膝と股関節を軽く支えて、ゆっくりと伸ばすストレッチも効果的です。痛みが出ない範囲で、リラックスできる時間を作ることが目的です。
安全に行うためのポイント
- 滑りにくい床で実施(ヨガマットやカーペット推奨)
- 無理をさせず、疲れた様子があれば中止
- 痛み・びっこ・震えがある日は実施しない
- トレーニング中は必ず飼い主が見守る
「安全・短時間・楽しく」が継続のコツ
自宅での軽い運動は、犬にとって「筋肉と神経を活性化するスイッチ」です。
たとえ1日数分でも、毎日続けることで足腰の安定性は確実に高まります。
特別な道具がなくても、“安全・短時間・楽しく”を意識して行うことが継続のコツです。
日常生活で足腰への負担を減らす環境づくり
犬の足腰を守るうえで、運動と同じくらい大切なのが生活環境の工夫です。
毎日の散歩やトレーニングを頑張っても、家の中が滑りやすかったり、段差が多かったりすると、せっかくの努力が台無しになってしまうことがあります。
特に高齢犬や関節に不安のある子では、生活環境の見直しが最大の予防策になります。
フローリングでの滑り防止
滑りやすい床への対策
フローリングやツルツルした床は、犬にとって想像以上に危険です。
滑るたびに関節や靭帯に過剰な負担がかかり、膝蓋骨脱臼や十字靭帯損傷のリスクを高めます。
特に後肢の筋力が落ちてくるシニア犬では、一度の転倒が慢性の痛みに繋がることもあります。
対策としては以下のような方法が有効です:
- 滑り止めマットやジョイントカーペットを敷いて歩行ルートを確保する
- 爪をこまめに切り、足裏の毛を短く整える(滑り防止に有効)
- 床のワックスや掃除シートは滑りにくいタイプを選ぶ
- 部分的にラグを敷き、「犬専用の歩行ゾーン」を作る
さらに、最近では犬用の滑り止めシューズやソックスも有効な選択肢です。
足裏に滑り止め加工が施されており、転倒や関節への衝撃を防ぎやすくなります。
特に手術後や神経疾患・高齢犬など、バランスが取りづらい子には一時的なサポートとしても活用できます。
ただし、サイズが合わないと逆に歩行が不安定になることがあるため、
短時間から慣らし、通気性とフィット感を重視することが大切です。
長時間の着用は蒸れや皮膚トラブルを起こす可能性があるため、必ず休憩をはさみましょう。
段差の昇降をサポートするスロープ設置
ソファやベッド、階段の上り下りは、足腰にかかる負担が大きい動作です。
特に小型犬は、自分の体高以上の高さからの飛び降りで、膝や腰を痛めることが多く見られます。
おすすめの工夫:
- スロープやステップを設置し、昇降をサポート
- ジャンプを避けるため、ソファ横やベッド下にクッションを配置
- 階段の昇降は必要最小限にし、できる限り抱き上げて移動させる
これらの工夫だけでも、日常生活での関節負担を大幅に軽減できます。
ベッド・休息スペースの選び方
休息や睡眠時の体勢も、足腰の負担に影響します。
硬すぎる床や段差のある寝床は関節に圧がかかりやすく、逆に柔らかすぎるベッドでは体勢が安定しません。
理想的なのは、適度なクッション性と低反発性を併せ持つ寝具です。
高齢犬では、立ち上がりやすい高さ・縁の低いベッドを選ぶと安心です。
寝床を暖かく保つことも、関節や筋肉のこわばりを防ぐうえで効果的です。
室内レイアウトと生活動線の見直し
犬が毎日通る動線に、滑る場所や段差がないかを確認してみましょう。
よく通る場所にマットを敷くだけでも、歩行姿勢やバランスの改善に繋がります。
また、トイレや水飲み場を寝床から近くに配置することで、移動時の負担を減らし、転倒リスクを軽減できます。
足腰の健康を守るためには、「運動する時間」だけでなく、“動かない時間”をどう快適に過ごすかも同じくらい大切です。
犬が毎日過ごす環境を少し工夫するだけで、足腰の負担は確実に減らせます。
特に、滑り止めマットやスロープの設置は、今すぐできる予防の第一歩です。
関節ケア・栄養管理・サプリメント活用

犬の足腰を健康に保つためには、運動や環境整備に加えて、食事や栄養バランスの見直しも欠かせません。関節や筋肉は日々代謝し続けており、栄養の偏りや体重の増加は、徐々に足腰のトラブルを引き起こします。「何を食べるか」「どれだけ食べるか」を意識することが、最も身近で効果的なケアの一つです。
体重管理は最大の“関節サプリ”
犬の足腰にとって最大の負担要因は、肥満です。
体重が1kg増えると、関節や靭帯にかかる負担は約3〜4倍に跳ね上がるといわれています。
特に膝関節や股関節への圧力が増すことで、関節炎や靭帯損傷のリスクが高まります。理想体重を維持することは、サプリメント以上の効果があります。
ボディコンディションスコア(BCS)で「5段階中4以下」を目安に、見た目では「肋骨が軽く触れる」「腰にくびれがある」状態を保ちましょう。
関節を守る代表的栄養素
関節軟骨や滑液の健康維持に関与する栄養素は、主に以下の成分です。
| 成分 | 期待される働き | 含まれる食材・サプリ例 |
| グルコサミン | 軟骨成分の合成促進、関節の弾力維持 | 鶏軟骨、貝類、関節ケアサプリ |
| コンドロイチン硫酸 | 軟骨の保湿性・弾力性を保つ | 鮭鼻軟骨、豚軟骨 |
| ヒアルロン酸 | 関節液の粘性保持、潤滑性向上 | サプリメント、鶏冠抽出物 |
| コラーゲンペプチド | 軟骨基質や靭帯の構造維持 | 魚皮・ゼラチン由来製品 |
| オメガ3脂肪酸(EPA/DHA) | 抗炎症作用、関節炎の進行抑制 | 魚油、サーモンオイル |
| ビタミンE・C | 抗酸化作用により関節細胞を保護 | 野菜・サプリメント |
これらの成分は単独よりも複合的に摂取する方が効果的とされており、臨床研究でもグルコサミン+コンドロイチン併用による疼痛軽減効果が報告されています。
食事とサプリの正しい使い方
関節ケアを目的とした療法食やサプリメントは多数存在しますが、重要なのは「目的」と「継続のしやすさ」を明確にすることです。
選ぶ際のポイント:
- 体重管理も兼ねた低カロリーフードを選ぶ
- シニア犬ではたんぱく質量を極端に減らさず、筋肉維持を意識
- サプリメントは医薬品ではなく、補助的役割と理解して使用
- 同系統成分(例:関節サプリ+関節療法食)の重複摂取に注意
サプリメントの効果は即効性ではなく、2〜3か月の継続で緩やかな改善を感じるケースが多いです。
摂取を開始したら、歩行状態や痛みの変化を観察し、獣医師と相談しながら調整していきましょう。
既存疾患を持つ犬での栄養療法とリハビリ併用
既に変形性関節症(OA)や靭帯損傷などを抱える犬では、体重コントロール+抗炎症作用を持つ栄養素(EPA/DHA)が特に有効です。
リハビリや鎮痛療法と併用することで、疼痛軽減や可動域維持に寄与することが示されています。
このような栄養療法は、整形外科リハビリの一環としても国際的に推奨されています。
足腰の健康は、運動と環境だけでなく、体の中から整えることで初めて長く維持できます。
体重を適正に保ち、関節を支える栄養素を日常的に取り入れることで、シニア期になっても軽やかに歩けるコンディションを保つことができます。
サプリメントは「魔法の薬」ではありませんが、継続的な努力を後押しする頼もしいサポーターです。
受診の目安とまとめ

足腰の健康は、日々のケアで大きく左右されます。
しかし、どんなに気をつけていても、加齢や体質による変化は完全には防ぎきれません。
大切なのは、「気づいたときに早めに対応すること」です。
病院を受診すべき足腰のサイン
- 立ち上がるときに震える、または動き出しに時間がかかる
- 散歩の途中で止まる、または歩く距離が明らかに短くなった
- 階段やソファを避けるようになった
- 片足を浮かせて歩く、または後肢を引きずる
- 座る姿勢が崩れる、左右の足の太さが違う
- 触ると痛がる、鳴く、攻撃的になる
これらの症状は、変形性関節症・椎間板ヘルニア・膝蓋骨脱臼・神経疾患などの初期サインである可能性があります。早期に受診することで、痛みのコントロールや関節の変形予防につながるケースが多くあります。
検査・治療・リハビリの概要
- 身体検査と可動域テスト:関節の動きや筋力の左右差を確認
- X線(レントゲン)検査:関節や骨の形態異常、関節炎の有無を評価
- 血液検査:炎症マーカーや代謝異常を確認(ホルモン性疾患の鑑別も)
- 超音波・CT/MRI検査:軟部組織や神経の評価(必要に応じて)
- 治療・ケア方針:内服薬(鎮痛・抗炎症剤)、関節サプリ、リハビリ、体重管理プランなどを組み合わせて行う
特に慢性関節疾患では、薬だけでなく多面的な管理(運動+環境+栄養)が治療成功の鍵となります。
「今日からできる一歩を」──飼い主へのメッセージ
まとめ ― 足腰ケアは「今から」でも遅くない
犬の足腰の健康を守るために必要なのは、特別な運動や高価なサプリではありません。
毎日の散歩・環境の見直し・体重管理など、飼い主の小さな工夫の積み重ねが何よりのケアになります。
加齢や病気による変化は避けられませんが、早めの気づきと正しいケアで、犬はシニア期になっても「自分の足で歩ける時間」を長く保つことができます。
愛犬が自分の足で歩き、好きな場所へ行ける時間を少しでも長く——そのために今日からできる一歩を、一緒に始めてみませんか。
本記事の執筆者

Polaris Vet 代表 獣医師 渡邉 史恩
全国の動物病院やペット関連企業に向けて、獣医師による専門的なサポート事業を展開中。自身も出張外科診療を行い、全国各地の病院から依頼を受けて数多くの膝関節疾患をはじめとした手術に携わっている。現場に根ざした視点で、動物と飼い主に寄り添う医療とケアのあり方を日々追求している。
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